
Interview · Fundraising
シンガポールでPMFを掴むまで ── 3年の試行錯誤
東南アジア市場で「刺さる」プロダクトに辿り着くまで。仮説を立てては捨て続けた3年間。Acme Asiaの田中健が語る、ローカル適応のリアルな判断の記録。
この記事の3つの学び
- 現地で「刺さる」までは、日本での成功体験を一度すべて疑う必要があった。
- PMFのシグナルは数字より「無理にでも使い続けるユーザー」の存在に表れた。
- ローカルの共同創業者がいなければ、3年は5年になっていた。
シンガポールに来た最初の年、私たちは日本でうまくいったプロダクトをそのまま持ち込めば通用すると思っていました。結論から言えば、その思い込みが最大の障害でした。
最初の仮説は、なぜ外れたのか
日本では「丁寧さ」が価値になっていました。ところが東南アジアの初期ユーザーが求めていたのは、丁寧さよりも圧倒的なスピードと価格でした。同じ機能でも、刺さる文脈がまるで違ったのです。
「良いプロダクトを作る」ではなく、「この市場の、この人の、この瞬間に必要なものを作る」。それが分かるまでに2年かかりました。
ユーザーインタビューで見えたこと
週に10人、半年で200人以上に話を聞きました。機能の要望よりも「いまどう困っているか」を聞くことに切り替えてから、見える景色が変わりました。
- 最初に聞くべきは「欲しい機能」ではなく「直近の失敗」
- 満足度より、再訪頻度を信じる
- 解約理由は、解約した瞬間ではなく1か月後に聞く
海外起業のヒント
現地語のユーザーインタビューは、必ずローカルメンバーに同席してもらうこと。言葉の意味は訳せても、ニュアンスと「言わなかったこと」は訳せない。

PMFは、ある朝に分かった
転機は突然でした。あるユーザーが、私たちのサービスが一時的に止まった日にわざわざ連絡をくれたのです。「無いと困る」と言われた瞬間、これがシグナルだと確信しました。詳しくはこちらの調査でも触れています。
編集部メモ
Acme Asiaはこの取材の3か月後、シリーズAで600万ドルを調達した。本記事は調達前の試行錯誤を記録したものである。
ローカライズは翻訳ではなく、判断の積み重ねです。誰のために、何を捨てるか。その連続が、海外でのプロダクトづくりそのものでした。
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